元日本語教師による
日本語教師の実態レポート

日本語教師になるにはどうすればいいの?資格はいるの?どんな風に教えるの?
具体的な経験を交えながら、教師の仕事について
"元教師"が実態をお伝えします。

日本語教師経験談:ボリビア共和国公認社団法人小中学校

情報公開日:2013/11/09


「研修授業」

海外での日本語教育経験に関する質問

シエスタさん(48歳・女性)  *現時点
国名 ボリビア共和国
期間 3年 (2006年1月~2008年12月)
派遣先 国公認の社団法人小中学校
給料 月 350 USドル
日本円に換算して 月3万5千円
*現地で生活をするのに十分
滞在中、派遣先が負担したもの ・住居提供
・住居費用負担
・家具、電化製品
・ビザ申請費用
・渡航費
(行きは自己負担、任期満了時に戻りの航空運賃を派遣先負担)
・健康保険はないが、社団法人運営の診療所にて20%の自己負担にて受診可能
派遣先での日々のスケジュール 月~金曜日/午前7時30分~午後4時30分まで。
日本語授業時間は1週間に16時限(1日2コマ)
授業形態 クラス授業 1クラス5~20人ぐらい

Q:ボリビア共和国での日本語教師経験について総合的な感想

日本語を継承していくことを目的として日本語教育に関わりましたが、本当に充実した3年間でした。

日本語独特の曖昧な言い回しや、敬語の使い方など教えるのが大変でした。授業中勝手に歩き回る学習者もいて、日本との違いに驚きました。

しかし日本語力の向上もさることながら、彼等の成長を見守れたことが一番の喜びでした。

学校の花壇には2メートル以上もあるヒマワリが元気に咲いていました。どんなに良い種でも、太陽・水分・養分がなければこんなに大きくなることはないでしょう。私は、『環境が人を育てる』と考えています。

ボリビアは日本に比べまだまだ未発達の国ですが、大きく成長した生徒たちを取り囲む環境(地域の人々・自然など)が素晴らしいのだと思います。

私も、自分や日本のことを客観的に見られるようになり彼等と同様に成長できた3年間でした。

Q:どのような経緯でボリビア共和国で勤務することになりましたか?

本来はスペインでの就業を希望していましたが、日本と同様にEU諸国では教師として働くには大卒が必須条件でした。学歴のない私には高い障害となりました。

ではスペイン語圏である中南米ではどうか?といろいろ調べていくと、大卒で無くとも就業可能なところがいくつか見つかりました。

ただ、スペイン語どころか英語さえろくに話せない私にとって、ビザの手配・住居の手続きなど自身で行わなければならないのはかなり不安でした。

その中で、私の希望と一致したのがボリビア共和国のサンフアン学園でした。

ビザ申請の代行や住居手配など全て受け入れ先が行ってくれるとの条件でした。その他の質問なども数回メールでやり取りした後に応募をし、待望の日本語教師としての就任が決まりました。

Q:ボリビア共和国の日本語教育事情をお聞かせください。

ボリビアでは2種類の日本語教育が行われています。一つはボリビア人を対象とした日本語教育です。これはいわゆる外国人に対する日本語の指導です。ボリビアでの公用語はスペイン語ですから、学校で行われる外国語の授業はほぼ英語です。

ボリビア人が日本語を学ぶ場合、個人で専門学校に通うかプライベートレッスンを受けるかになってきます。英語が話せないボリビア人も数多くいますから、日本語教師として働くにはある程度のスペイン語力が必要だと思います。

もう一つは、日系人を対象とした日本語教育です。昔、ボリビアには多くの日本人が移住しました。今はその子弟が日本語を学んでいます。継承日本語と呼ばれるものです。

国内には、いくつかのコロニア(移住地)に日系人子弟を対象にした学校があります。生徒たちは家庭や移住地内で日本語を話したり聞いたりする環境があり、ある程度の基礎が備わっているため、日本での国語の授業に近いでしょう。

これらの学校は、合同で研修会の実施やJICAによる指導力の強化が行われ、継承日本語に力を入れています。教師は現地の日系人の方が多いですが、どの学校も教師不足は否めないようです。

給与は350USドル頂いていました。住居費と電気・水道代は不要だったので、実質かかったのは電話代(インターネット代含む)と食費です。

移住地では農業が盛んで、米・卵・野菜などを差し入れで頂いたり、食事会にも誘って頂いたりして、生徒だけでなく移住地の方々との交流も楽しみの一つでした。

Q:現地でどのような日本語教師が求められると思いますか?

日系社会で日本語教師として働く場合、学習者だけでなく移住地や日系人の方々と接する機会も多く、人との関わりが大事になってきます。

また、学習者や保護者の中にはボリビア人もいますからスペイン語でコミュニケーションを取ることがあります。

ですから、日本語教師としての指導力よりも、十分なコミュニケーションをとるための努力ができる方が望ましいかと思います。

さらにボリビアの気候は日本と大きく違い、慣れるまでは体調を崩したりすることもあるため、心身ともに健康な方(明るく元気な方)が良いでしょう。

Q:現地で苦労したことは?

ボリビアは南米の中でも比較的治安の良い所ですが、政治や社会に不満を持つ勢力によるデモやストライキもありました。

特にブロッケオと呼ばれる道路封鎖が頻繁に起こっており、一旦ブロッケオが始まると数日間続くこともしばしば。道路が塞がれているため、バス通学の生徒は学校に来られずその日予定していた授業が出来ずに困りました。

また、物資や燃料の輸送がストップしてしまい、生活に支障が出ることもありました。スペイン語のニュース報道がよく理解できず、現状を把握するのに苦労しました。

Q:現地に行く前にもっと準備すべきだったことはありますか?

求人を見るまでボリビア共和国の名前さえ知りませんでした。採用が決定してからは、図書館やネットを利用して国の事情や簡単な歴史を調べました。

採用担当者とメールでやり取りしていたおかげで、現地の生活において準備不足だった点はありませんでした。

日本語を学ぶ学習者は日本への憧れが非常に強いです。特に子供たちは、アニメやアイドル・流行の歌などに興味があり、大変詳しいです。

また、授業以外で日本文化について質問される機会も多く、文化・芸術・スポーツなど専門外の知識が問われることもしばしばありました。

日本語教育だけではなく、様々なことに興味を持ち、引き出しを持っておく必要があったなと反省しました。

Q:ボリビア共和国の求人情報はどこで得ることができますか?

学校を運営している団体(サンフアン日本ボリビア協会)のHPがあります。募集要項はPDFにて閲覧できますし、詳細についてはメールアドレスが公開されていますので、直接お問い合わせされると良いかと思います。 ※現在はサイト閉鎖
http://www.fenaboja.com/SanJuan/sanjuan.htm

次に、求人を掲載しているサイトの紹介です。現在は募集終了して掲載していない可能性もあります。

Q:ボリビア共和国で今後日本語教師として働きたい人へ、
 どんなアドバイスをしますか?

「ボリビア」と聞いてどれだけの方がこの国の事をご存知でしょうか?働いていた私が国の名前さえ知らなかったほどです。

移住地や学校内では「先生」ですが、移住地を一歩出ればただの外国人です。危機管理という意味から、ある程度この国の政治事情や社会的背景・勤める場所の現状などわかる範囲で下調べをして損はないと思います。

学校においては各校事情も違いますが、特に学習者に向けた教材が不足しています。手作りで教材を作ったり、一つしかないドリルを人数分コピーしたりと準備等が大変です。

地球の反対側で働くためには、夢や希望の他に決意が必要です。やり遂げた後には、新たな自分が見出せると思いますので頑張ってください。


「マーチングバンド」


「盆踊り」


「移住地」


「通学バス」

日本語教師に関する質問

日本語教師歴 3年 (2006年1月~2008年12月)
*現在は日本語教師ではありません
その他の海外教師経験 なし
資格・課程 日本語教師養成講座420時間
( ヒューマンアカデミー福岡 )
日本語教師へ転職前の職 電話オペレーター

Q: もともとはどのような経緯で日本語教師を目指しましたか?

離婚後、アルバイトをしながら仕事を探していました。簡単に就職できると思っていましたが、手に職もなく大した就業経験も無かったため、応募しては落ちるという毎日で途方に暮れていました。

しかし、社会に縛られず自由が効くのは今しかない!と考え方を変え、何か新しいことやってみようと思うようになりました。

以前から「海外に住んでみたい」と興味を持っていて、特に根拠はないのですがなぜかスペインにすごく惹かれるところがありました。

スペインに住むためには、仕事を見つけなければなりません。今の自分にプラスできる仕事はないか?とネットで調べているうちに、日本語教師という職業があること、そのステップになる日本語教師養成講座が行われていることを知りました。仕事をしながら420時間の講座を受講するには1年ほどかかりましたが、全く苦にはなりませんでした。

講座時間が終わりに近づくほど、海外で日本語教師として働きたい!という気持ちが大きくなっていきました。

Q:日本語教師をやってよかった!と、どんな時に実感しますか?

1年生を担当した時のことです。家庭内でほとんど日本語が話されていない生徒が数名いたのですが、彼等はひらがなさえ上手く読めず、他の生徒とどんどん差がついてしまい日本語が苦手になっていました。

保護者の了承を得て、その生徒たちを週2日ほど放課後に残し、音読の練習やカルタ取りなどを行ってきました。

ある日の授業で、音読中に漢字が読めずに困っている子がいたのですが、放課後に残って練習していた生徒の一人が「それは○○って読むんだよ」と教えてくれたのです。

友達に教えたことが自信に繋がった様子で、それ以降積極的に授業に参加するようになりました。

また、私が日本に戻る際に彼からもらった手紙には「これからも日本語を勉強します」と書いてありました。苦手だった日本語が好きになってくれた・・日本語教師をやってよかったと実感しました。

Q:日本語教師を辞めたいと思ったことはありますか?

3年間の短い日本語教師生活でしたが、途中で辞めたいと思ったことはありませんでした。

授業の他にクラスの副担任としての任務、校内での行事やスペイン語での職員会議など精神・体力共に疲れを感じる時がありましたが、「先生―!」と寄って来る子供たちの顔をみると、疲れも吹き飛びました。

授業の進め方や学習者のレベルの開きなど頭を悩ますこともありましたが、周りの先生方が親身になってサポートして頂いたので、何とか乗り切ることが出来ました。

Q:今後どのような日本語教師を目指したいですか?

近隣には大学が数校あり、留学生も多く、街ではその家族をよくみかけます。私自身「もっとスペイン語が話せたらボリビアでの生活が数倍楽しめたのではないか?」と後悔しています。

同じように、留学生の家族の方々が日本語でコミュニケーションができるようになれば、日本での生活がさらに充実できるのではないかと思っています。

公民館などを利用して留学生の家族を対象にした日本語教室が開かれたり、転入してきた外国人小学生の抜き出し授業が行われたりと様々な形で地域のボランティアの方々が活躍しているようなので、今後は微力ながら私もボランティアとして彼等の日本での生活に関わっていきたいと思っています。

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