元日本語教師による
日本語教師の実態レポート

日本語教師になるにはどうすればいいの?資格はいるの?どんな風に教えるの?
具体的な経験を交えながら、教師の仕事について
"元教師"が実態をお伝えします。

タイの高校 経験談

国際交流がくれた海外でのチャンス

公開:2016/11/17
ナンファー(女性・25歳) 
日本語教師歴 1年 (2013年~2014年)
*国内で日本語教師として就労中
資格・課程 英語の教員免許
タイの高校
経験詳細
  • 地域: アントーン県
  • 月収:45,000円(15,000バーツ)
    現地で生活をするのに十分
  • 常勤講師(非正規雇用・フルタイム)
  • 1年(2013年~2014年)
    *現在は退職

タイと日本の国際交流の基盤をつくりたい!そう思ったのがタイで日本語教師になったきっかけでした。

学校の生徒は全体で3000人いて、レベルは高かったと思います。タイのゆるいイメージとは違い、先生は日本より厳しかったです。意識は高い子は高く、低い子は低かったです。

私のクラスの割合では、意識の高い子は1,2割いて、話を聞いているだけの子は4,5割、意識が低い子が3割、意識の低い子の中で学力や理解力がかなり低い子が1割でした。日本もあまり変わらない比率だと思います。

授業は決められたカリキュラムなどなく、文法はタイ人の先生が担当していたので、私はアニメや日本の文化を取り上げたものが多かったです。

意識の低い子の興味も引けて楽しい授業を心がけていました。自分自身も楽しんで授業、授業づくりに取り組んでいました。

意識の高い子は本当に高く、日本語コンテストや日本語能力試験にも果敢に挑戦していました。コンテストのために放課後もよく残って勉強していて、それもとても楽しかったです。

日本にないと思ったタイの教育文化は、外国語キャンプというものです。1年間の間に4回もありました。日本語の勉強をキャンプ場や公園など緑に囲まれた場所で、一泊二日で行います。

外で大きな日本語カードを広げてゲームをしたり、木に日本語のクイズを貼って会場全体を使ってクイズ大会をしたりしました。クイズなどの事前の準備は私を含め日本語学科の教師陣で作りました。

英語や中国語学部も同様のものをやっており、1度合同でやったこともあります。県内の高校の日本語学科が集まり、4校合同の日本語キャンプも行いました。

教室の雰囲気は、明るいと思います。エアコンやプロジェクタなどの設備があったので、熱いからだらだらすることもなく授業が進められました。

Q:現地で苦労した事、戸惑った事はありますか?

みんなが熱心な仏教徒だったので、知らされていない仏教のイベントには驚きました。

朝、授業の準備で早めに行って教室で待っていても誰も来ず、何があったんだろうと思っていると、全校生徒が校舎の前で訪問に来るお坊さんにお供えをあげていて、その日の授業は午前中休みとのことでした。

学業よりも宗教を大事にする姿勢は新鮮で、最初のうちは戸惑いました。

Q:なぜこの教育機関を退職しましたか?

もともと契約は1年でしたが、延長を求められとても迷いました。仕事はとても好きだったし、そこで関係ができた生徒との別れも辛かったです。ですが、泣く泣くやめる決断をしました。

理由は、国際交流の基盤をつくるためというのが目的だったのでそれができたと感じたからです。実際就労後の6月にタイの高校生を日本に招待し、日本の学生と交流させるプロジェクトを実施しました。

給与・待遇

月収 月収:45,000円
月収内訳
  • 基本給:45,000円
  • 長期休み手当:45,000円
現地の月収事情
  • 市民の平均月収
    30,000円(10,000バーツ)
  • 最低限必要な月収
    30,000円(10,000バーツ)
基本労働時間 1日4時間 週5日勤務
残業(時間外労働) 1ヶ月合計10時間
授業の準備
待遇 有給
教育機関が
用意してくれたもの
  • 住居提供
  • 家具、電化製品
  • ワークパーミットの申請費用
クラスの長期休暇
  • 中間休み:45日
  • 年末年始:7日
  • 夏休み:80日
クラスの長期休暇中の
給与保証
仕事はないが、給料は支給される 

給与の面では困りませんでした。住居は完備されていましたし、光熱費などもいらなかったので、いるものは食費くらいでした。

タイでの食費は格安で、スーパーで食材を買って作るよりも屋台の出来合いのものを食べる方が安かったです。

住居については、一般のタイの人たちと同等レベルのものでした。なので、日本のマンションなどとは違うかもしれません。

床は砂が入ってきてしまうので、いつも靴で生活していました。虫やヤモリなどは日常茶飯事で、全然苦手じゃない私は駆除などせず完全に共存していました。

Q:現地における他の日本語学校と比較し、違いは感じますか?

友だちの勤務する学校では、夏休みの手当はなかったのですが日本に帰る航空券のお金を支給してもらっていました。私のところは航空券の支給はまったくなかったので、それはうらやましかったです。

住居も用意してくれるところと、まったく自由なところがありました。私は住居が用意されていたので最初の住み始めがとてもスムーズでした。

住む場所を選べないという点がありますが、最初に現地の業者さんと難しい契約をしなくていいのが楽でした。

そして、私の家は珍しく学校の敷地内にあったので、それもとてもよかったです。毎回自分のアパートに帰るときにバイクタクシーなどを捕まえる必要があるようなところに住んでいると、大変だろうなと思いました。

授業形態・勤務スケジュール

授業形態 クラス授業:1クラス25人ぐらい
学習者の年代 高校生
1日の時間割
  • 9:00~12:30  
    高校1年生から3年生までのクラスを2コマ(1コマ120分)
  • 12:30~13:30  
    生徒と食堂でランチ
  • 13:30~15:30  
    高校1年生から3年生までのクラスを1コマ(1コマ120分)
休日 土曜日、日曜日、祭日
休日に取り組んだ仕事:友だちの家に遊びに行くか、Wi-Fiを求めて近くのカフェに行きました。基本的に土日に仕事することはなく、自由に過ごしていました。

Q:日々のスケジュール管理で、ここは大変だった!と感じた点はどこですか?

時間割がよく変わることです。そして、連絡手段が統一されていなかったので、なにも連絡なく授業がなくなったり変更になったりしました。

そんなときは英語や中国語の他の外国人の先生用のオフィスがあったので、そこでみんなが聞いた情報をシェアしたりして解決していました。

Q:現地に行く前に、準備しておくと良いものについて教えて下さい。

日本の日常生活がわかるような写真をたくさん撮っていけばよかったなぁと思いました。

それと、日本語教師になる1年前から、日本の行事ごとの写真撮影やしきたりの再確認をして、より面白い情報が伝えられればよかったなぁと思いました。

用意しておいてよかったと感じたものは、けん玉などのおもちゃや日本のファッション雑誌です。生徒は私にそれについて質問したくなり、話しかけるきっかけになったと思います。

就職活動

国選びで重視した点
  • 気候
  • 渡航経験があった
  • 友だちがいた
現地における
日本語教師の需要
人気があり、一定数の学校で求められている
教育機関選びで
重視した点
  • 学習者が学生
  • 国際交流やASEANの国々の理解を深めることに力を入れていた
応募時に
必要とされた資格
なし
選考方法 紹介のため試験なし

Q:現地で、日本語教育の需要はありますか?

日本語教育の需要は依然として高いです。理由としては

1.給料の良い日系企業への就職が有利になる
2.日本の漫画やアニメなどのポップカルチャーに惹かれている
の2点が大きな理由となっています。

2.の理由の生徒が増えてきているように感じます。勉強の教材もアニメや漫画を使う子が多いようです。

Q:強みになる資格や職歴、資質や語学レベルはありますか?

資格は問われず、日本人であることしか求められませんでした。まずは話すきっかけがある状況をつくるというのがこの学校の姿勢でした。

日本語教師というより、教師として、生徒に興味を持てる人がいいと思います。

そして、やはり英語は話せた方がいいです。いくら日本語教師だと言っても、海外の生活に英語は不可欠ですし、授業においてもどうしても通じないときは英語で代用できることがあったからです。

Q:その国の日本語教師に関する求人情報は、どこで得ましたか?

求人情報
ラチャパット大学という全国各地にある教育大学の教授:大学の日本語学科の学生の一部は、タイの日本語教師として働いているので、その生徒が働く学校を紹介してもらえます。

Q:この教育機関で勤務すると決めた決め手、きっかけを教えて下さい。

タイで仕事がしたいと思ってから、4つの学校を紹介してもらいました。

まず、私がいたアントーン県の高校は、国際交流に力を入れていて、ASEANへの関心も強かったことが印象的で決めました。

ほかの先生の考えも柔軟で、わたしは日本とタイの国際交流のプロジェクトをつくりたいと思っていたので、この学校が1番いいんじゃないかと思い、決めました。

日本語教師に関する全般の質問

Q:どのような経緯で日本語教師を目指しましたか?

私が日本語教師になったきっかけは、大学のときのタイでの国際交流でした。初めての文化に触れることや、タイ人の友達ができることが嬉しくて楽しくてたまらず、国際交流の仕事がしたいと思いました。

まずは自分の夢のきっかけとなったタイに住んで、自分でタイとのつながりを作りそこから国際交流のベースをつくろうとタイでの仕事を探し始めました。

「日本語教師」という仕事は、その最初の国際交流でお世話になったタイの大学の教授からご紹介いただき、1年契約でやることになりました。

Q:日本語教師をやってよかった!と、どんな時に実感しますか?

日常的にやってよかったと思うことはたくさんありましたが、印象に残っているのは2つあります。

まずは、日本語コンテストに生徒が出場し、全国大会まで行けたことです。放課後や、土曜日までスピーチの練習をして勝ち抜いていけたときは、生徒と一体感があり、今思い出してもいい経験でした。

2つ目は、自分で企画した日本とタイの高校の交流企画です。今まで3~6年勉強してきた日本の文化を自分の体で体験するという場を提供できたこと、実際タイの生徒が日本の生徒と友だちになっているのを見て、がんばってここまで来てよかったなぁと心から思いました。

Q:日本語教師になる為の進路についてアドバイスをください。

【学生の方へ】
日本語教育に関する授業をまずはとってみてほしいと思います。

【社会人の方へ】
行きたい日本語学校の的を絞って、効率よく勉強していくといいと思います。私自身、今の日本語教師は高校英語の免許で仕事ができているので、その雇用形態次第だと思います。

Q:日本語教師を目指す方へ、アドバイスをください。

まずは、その国の文化を楽しむという意識は必須だと思います。

日本のように根詰めなくても責められないので、まずはあなたの国のこと、大好きだよという姿勢を見せるとうまく動いていくような気がします。

ぜひ、たくさん友達をつくって、あなたにとっても生徒にとっても、忘れられない経験をつくってください。

↑ ホームへ戻る

P C S P