元日本語教師による
日本語教師の実態レポート

日本語教師になるにはどうすればいいの?資格はいるの?どんな風に教えるの?
具体的な経験を交えながら、教師の仕事について
"元教師"が実態をお伝えします。

日本語教師経験談:中国の大学

情報公開日:2013/09/05

海外での日本語教育経験に関する質問

エミリーさん(26歳・女性)  *現時点
国名 中華人民共和国
期間 2年 (2011年8月~2013年6月)
派遣先 大学
給料 月 1年目 4000元/2年目 4500元 RMB
日本円に換算して 月6~7万円
*現地で生活をするのに十分である。
地域によって物価が違うので、都市部や省都では上記の給料だけでは生活が難しいと思います。
滞在中、派遣先が負担したもの ・住居提供
・住居費用負担
・家具、電化製品
・インターネット代
・日本との往復航空券
・医療保険
・健康診断
派遣先での日々のスケジュール 平日 午前8時~11時40分 午後2時半~6時 /土・日・祝 休み
授業形態 クラス授業 1クラス 30~40人ぐらい

Q:中国での日本語教師経験について総合的な感想

中国で日本語教師を経験して本当に良かったと思います。最初は言葉も通じず、生活面でも苦労しましたが、競争社会の中で必死に日本語を学ぶ学生達と接して、私の方が元気をもらい、日本語の美しさを実感した日々でした。

給与だけで考えたら、利点は少ないと思いますが、お金では換えられない素敵な思い出をたくさんもらった2年間だったと思います。

何よりも、日本を知りたい、日本語が上手に話せるようになりたいと日々日本語学習に励む学生達が新米教師だった私を必要とし、外交の問題があった時も、日本語の辞書を肩見はなさず努力し続けてくれた姿を傍で見ることができて、幸せでした。

小さいことですが、日本語教育と通じて日中友好の架け橋になれたのではないかと思っています。

Q:どのような経緯で中国で勤務することになりましたか?

前職で中国との関わりが多く、中国に行って中国を知りたいと思ったのがきっかけで、中国で生活している知人や中国人の友達から情報収集していた時、中国で日本語を教えてみたいと思い、各求人情報サイトの中から大学での日本語教師の求人に応募しました。

応募してすぐに、ある大学から契約書が送られてきましたが、翌日に、経験が2年以上無いから契約は無かったことにと連絡が入りました。初心者より経験者を優遇することは承知の上でしたが、初めての経験にがっかりした記憶があります。

それから、中国の各大学に日本語教師を紹介する中国の仲介会社に連絡をし、赴任先であった大学を紹介して頂きました。始業の時期が近かったので、書類審査のみですぐ契約書、ビザ取得の為に必要な書類が送られてきました。

Q:中国の日本語教育事情をお聞かせください。

一人っ子政策で教育熱が高まる中、大学も増え、日本語学部も多いです。最近では、日系企業内でのビジネスマナーとビジネス日本語会話の講師や日本での看護師を目指して日本語能力試験1級に合格するための試験対策の講師を募集する機関が増えつつあります。

また、3年間の技能実習生として日本に渡航前の日本語学習の講師の求人も多く見られます。実際、中国の大学や専科(日本で言う短大)の中でも、外国人のネイティブ教師を雇用できる学校は限られています。

現在、日本人が日本語教師として赴任できている学校は、比較的外国人の教師が安全で生活でき、多くの面でサポートされ、現地の中国人の教師よりも優遇されていることは間違いありません。

中国の平均給与が上がるにつれ、物価も上昇しているので、給料も年々上がっています。他の日本語教師からもよく聞く話ですが、中国ではアジア人の教師(韓国語教師・日本語教師)と欧米人の教師とでは全く対応が違います。副業は許されている学校が多いですが、都市部や省都以外の地域ではほとんどないのが実情です。

勤めていた学校には、10カ国の教師が30名ほどいました。中国の地方都市では、外国人はとても珍しいんです。どこでも、一緒に写真を撮られたり、初めて会った見ず知らずの人に、モデルをしないか、子供に英語を教えてくれないかと声をかけられるのが苦痛だと、欧米人はみんな言っていました。

欧米人の教師は、お客様状態でした。ただ学校に居てくれればいいというような対応で、教案、日誌、成績管理、成績入力等の仕事は全くありませんでした。

学内で催事がおこなわれる際、外国人の教師は最前列(学長・副学長と同席)に席を指定されていました。学校が外国人の教師が多いという事が学校の一番のアピールポイントにしていたからです。

ある祭典での出来事ですが、韓国人の先生が前列に案内され着席していたら、後から、ロシア人の先生がここに座るから他の席に行ってくださいと言われ、動いたら結局席が無く、祭典を立って見ていたということがありました。

欧米人の先生は前列に座り、写真やビデオ撮影をするので見栄えがいいと考えていると思います。とにかく、見せかけのモノが多いということです。

近所の小学校では、週末英語教室がありました。そこに、英語のできないフランス人の先生やスペイン人の先生やイランの先生までも英語を教えに行っていました。

ただ、見た目が(顔)アジア人じゃなければ誰でもよかったんでしょう。当然、アメリカ、イギリス人の先生は個人の家庭教師で引っ張りだこです

給与の面でも、学校によっては違いがあるそうです。また、コマ数が少ない分、外部で仕事が出来ますし、副業の方が給与がいいという先生もたくさんいました。ヨーロッパの先生は、母国よりも中国の方が稼げて国へ帰る気がしないとまで断言していました。

好都合、高待遇の日々の生活を満喫している欧米の先生方がうらやましいとよく韓国人の先生と話していました。

海外でビジネスをしている、今後したいと思っている人は、欧米人と少しでも親しくなり、ビジネスに繋げようと考えています。大きな会合や、イベントがあると、欧米人の先生を誘い、ほかの中国人に、私には、外国人の知人がこんなにいるんだぞと言わんばかりに親しさを表し、面子を保とうとするそうです。

Q:現地でどのような日本語教師が求められると思いますか?

中国の教育システムに適応する能力が必要だと思います。日本とは全く違いますが、学習者は中国式教育に慣れているので現地の教育方法を理解しなければなりません。

また、日本文化(着付け・茶道等)を教えられる人が重宝されると思います。大学ですと、ビジネスマナーやビジネス会話等の授業もありますので、社会経験がある方の方がいいと思います。

最近では、日本語学部の必須科目で、「アニメとファッション」という科目を設けている学校もありますので流行に敏感で若い先生も必要とされると思います。

一方で、日本の歴史や現代文などの高級レベルの科目を設けている学校もあります。(重点大学や大学院等)また、大学は大部分が全寮制なので学生と交流するなど、臨機応変に対応できる教師が求められると思います。

(中国の大学は年間計画が無い学校があります。ですから、急遽行事が変更になったり、提出書類の期限が早まったりすることが日常茶飯事です。)

Q:現地で苦労したことは?

教室の設備が悪いことです。チョークは「あ」の一文字を書くのに4回ぐらいボキボキ折れ、黒板消しが雑巾のような布一枚だったり発砲スチロールだったりと、最初はびっくりしました。

設備投資している学校は少ないです。2年目は、自分でチョーク、黒板消しを日本で買いそろえました。学長に直談判して、教室にカーテン、プロジェクターやテレビ等設置してもらいました。

また、学校の年間計画が無かったので、先の予定が立たず苦労しました。また、生活面では食品問題で苦労しました。野菜、肉、果物などは出来るだけ一番大きなデパートに行って時間をかけて見極めて買っていました。外国人の為のサービスがまだ少ないので、不便なことが多かったです。

Q:現地に行く前にもっと準備すべきだったことはありますか?

中国の学生が日本について情報を得る手段は、インターネットです。また、アニメやドラマ、映画をみて日本の生活や習慣を知る事が多いようです。

新聞、雑誌、広告など教材になりそうな物を持っては行きましたが、日本文化を紹介するための道具や観光地の映像、画像など、もっと準備したほうがよかったと思いました。

直接法での授業なので、初級クラスを教える際に、必要な語法を中国語と日本語で書いたカード等準備していれば、もっと分かりやすくスムーズに授業が出来たのではないかと思います。

Q:中国の求人情報はどこで得ることができますか?

各都道府県の日中友好協会等、自治体で派遣していることもあります。中国の都市部になると、日本人会・日本語教師会があるので、そこで欠員の募集を行う場合もあります。

Q:中国で今後日本語教師として働きたい人へ、
 どんなアドバイスをしますか?

中国では9月に教師の日があり、尊敬される職業の一つです。中国で日本語を教える際、漢字圏なので教えやすいと思われる方もいらっしゃると思いますが、複雑な文法や中国語にはない謙譲語、尊敬語、表現の方法などの説明の力が必要だと思います。

そして、よく中国人観光客の話題を耳にしますが、実際は、未だ日本へ旅行できる人は条件が厳しく限られています。

学生にとっては、初めての外国人教師、初めての会う日本人になるかもしれません。日本人として誇りと責任感を持って、日本語だけでなく、日本語を通じて日本文化や日本の習慣を伝えて欲しいと思います。

日本語教師に関する質問

日本語教師歴 2年 (2011年8月~2013年6月)
現在は日本語教師ではありません。
その他の海外教師経験 ボランティア
2008年3月~2008年8月
資格 日本語教師養成講座420時間
日本語教師へ転職前の職 貿易事務と通訳・翻訳

Q: もともとはどのような経緯で日本語教師を目指しましたか?

中学生の時から外国で仕事してみたいと思っていました。高校生になり、留学生が日本語を勉強する姿を見て一緒に交流するのがとても楽しく、同時に留学生が日本語はとても素敵な言葉がたくさんある。

音がきれいだ。と日本語の美しさを度々口にするのを聞き、私たちが普段話している言語は素晴らしいものなのだと日本語の魅力を逆に教えてもらい、外国の人に日本のことをもっと知ってほしいと思うようになりました。

そして、日本語教師をいう職業を知り、大学で日本語教師になるための養成講座を受けました。大学にも留学生がたくさんおり、交流するなかで日本語を教える楽しさを知り、外国で日本語を教えたいと強く思うようになりました。

Q:日本語教師をやってよかった!と、どんな時に実感しますか?

あいうえおから学び始めた生徒がずっと学習意欲を持ち、積極的に日本語で話しかけてくれる姿を見るととてもうれしいです。

反対に、「日本語で私と会話出来た時が一番うれしかった」と言ってくれる学生もおりお互いに楽しく学習出来ていることが幸せであり、学生の努力と成果が間近で見ることが出来るのでとてもよかったと実感します。

また、日本語学習者・生徒から「日本語が好きになった。」「日本語を勉強して本当に良かった。」「先生のおかげで日本語が上手になった」と言ってくれた時よかったと思います。

去年の9月頃、中国で反日の暴動が激しい時期にも関わらず、日本語を一生懸命勉強してくれ、「日本語を学習している時が一番幸せだ」と言ってくれた学生がいました。

Q:日本語教師を辞めたいと思ったことはありますか?

1度ありました。中国の大学生は、大多数が一人っ子です。また、農村から来た学生は、幼少の時から寄宿制の学校に通ったり、小学校に入学と同時に両親が大都市に出稼ぎに行き、独り暮らしもしくは祖父母と暮らしたり、親せきの家で育った子が少なくありません。中国では「留守児童」と言われています。

その様な学生は、内向的で、自ら発表することはせず、コミュニケーションの能力も低いのが特徴です。農村出身者がほとんどのクラスがありました。会話の授業にも関わらず、質問しても無反応で無表情の学生を相手に90分授業するのは苦痛で授業したくないと思いました。

どうしたら、会話の授業として成り立つのかどうか悩みに悩んだ時期がありました。「思いやり」という言葉を教えても理解してもらえなかった時は一時落ち込みました。

どう考えているのか、どうしたら自分の意見を言えるようになるか、毎日寝る前に考えて、また、中国人の先生にも相談して、対策を考えました。

それは、留守児童だった学生が多いクラスは、クラス内の雰囲気が悪かったので、学生同士がコミュニケーションをとりやすくなり、会話することで自信をつけてもらいたいとおもい、会話のペア練習とグループ練習に時間をかけるようにしました。

このクラスに限っては、発音や声量、字や姿勢等、小さな事でも褒める事を意識していました。あと後、学生が話してくれた話ですが、今まで、先生や両親に褒められたことはほとんどなかったそうです。

両親、祖父母と会えるのは年2回程で、会っても成績の話ばかりだったそうで、褒められるとうれしいし照れるけど、勉強が好きになったと言ってくれた時は、学生と真剣に向き合ってきてよかったと思いました。

また、中国の最近の若者の傾向ですが、自己中心的な学生が多いです。一人っ子として甘やかされて育ったので、自分だけを見てくれないと嫌とばかりに自己主張が強すぎて、協調性に欠ける学生が多いので、中国に赴任してすぐはとても大変でした。

全寮制の大学で過ごす学生達は、ホームシックになったり、悩み事があっても、独りで抱え込んでしまう学生が多いです。学生の変化に気づき、学生とコミュニケーションを図ったり、恋愛の相談を受けたりして、少しでも学生と近い距離で学生を理解するように努力しました。

初めは辞めたいと思いましたが、月日が経つにつれて、純粋で素直な学生達と交流するなかで、互いに情を持ち、学生も私の姿を見て、環境保護への意識が芽生え、変化と成長が垣間見れてよかったです。

Q:今後どのような日本語教師を目指したいですか?

海外で使用されている日本語教材は、未だ実用的な教材が少ないです。教材の中の活字の日本語を教えるだけ手無く、言葉の背景(どうしてそのような名詞がつけられたのか。)なども教え、語彙力をつけられる授業が出来ればいいなと思っています。

また、言葉を通じて、日本の文化や風習や生活についても知ってほしいと思っています。見て、聞いて、話して日本を知り、日本を体験し、日本語を深く好きになってほしいと思っており、その力添えができる日本語教師になりたいです。

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